ルカによる福音書 2:8~21
二つの世界大戦の狭間の時代、イギリスは最初の大戦に勝利はしたものの債務超過に陥り、大変な不況に苦しみました。多くの若者が戦死したこともあり、社会全体が先行きの見えないどんよりとした空気に包まれていました。一部の富裕層と多くの貧しい労働者の間に経済格差が広がり、憎しみや妬みによって人と人とが隔てられていました。そのような時代の空気と、その時代の片隅に届けられた神さまの奇跡を描いたのがイギリスの作家ロバート・ウェストールの児童文学「クリスマスの猫」です。日本では1994年に出版されました。
どんよりとした空気に包まれた1934年のノースシールズという町で、裕福な家庭の女の子キャロラインと貧しい労働者の息子ボビーが出会います。この二人の出会いは、やがてこの町にすてきなクリスマスの奇跡を起こします。キャロラインが下宿する牧師館の馬小屋に、出産を間近に控えた一匹のノラ猫が住み着きました。キャロラインとボビーは猫が無事に出産できるように、知恵をこらして協力します。意地悪な大人によって猫が追い出されないように注意しながら、食べ物やミルクを毎日運びました。そうする中で、キャロラインはノースシールズに暮らす貧しい人々の現実と出会っていきます。
クリスマスを間近にしたある日、猫は無事に出産を終えました。そしてその子猫を見たいと願う貧しい家庭の子どもたちがこっそり牧師館の庭に忍び込んだとき、とうとう大人たちに見つかってしまいます。しかしその時に生まれた一番弱く小さな命を、望まずして貧しい時代の貧しい家庭に生まれた子どもたちが囲んで慈しむ姿は、あたかもベツレヘムの馬小屋で起こったクリスマスの再現のようだったのです。この場面に出会った牧師さんは深く感動し、涙を流します。そしてそれまで固く閉じられていた牧師館を開放して、町中の子どもたちとともにクリスマスパーティーを開き、笑顔になった子どもたちは町の雰囲気さえ変えてしまいました。
長々とストーリーを紹介してしまいました。このお話の感動は、ぜひ本を手に取って確かめていただきたいと願います。この作品は児童文学だけあって、お金持ちの勝ち気な女の子と貧しいやんちゃな男の子、何事にも弱気な牧師さんと意地悪な使用人など、登場人物の一人一人に分かりやすいキャラクター設定が施してあります。しかしそれは単なる作話のテクニックではなく、人間はそれぞれの個性や環境のために隔てられ解り合えない存在であること、しかしそんな隔てられた者たちも小さな命を慈しむことによってやがて結び合わされることを示します。これこそがクリスマスの最上の賜物なのです。
ルカ福音書は羊飼いたちと御子イエスさまの出会いを描きます。当時の社会においては力の無い存在であった羊飼いと生まれたばかりの小さな命、そして皆を結び合わせる天使たちの姿は、ウェストールが示したように、どの時代でも、どの地域でも、繰り返し再現されているのでしょう。わたしたちが気付かないだけで、わたしたち自身がクリスマス物語の登場人物として神さまに用いられているのかもしれません。「さあ、ベツレヘムへ行って、主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」わたしたちが囲み慈しむ幼子イエスさまは、わたしたちの身近な日常の中に生まれているのでしょう。(牧師 斎藤成二)