主の御名を賛美します。
生活の隙間の時間に「花の名前調べ」を楽しんでいます。昔なら植物図鑑が必要でしたが、今は携帯電話で写真を撮って画像検索すればあっという間に名前や分布や育て方まで、その花のあらゆる情報が得られます。普段よく見かけるのに知らなかった花の名前や種類を知るのは、自分に欠けていた何かが補われていくような、そんな満足感があります。
それらの小さな花の美しさに心惹かれる感性が自分にもあることが嬉しいし、一つ一つの花にそれぞれふさわしい名前がに与えられていることに、どのような存在にも必ず神さまの真剣なまなざしが注がれていることを覚えることができるのです。
「今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか」自分の存在がこの世から忘れ去られていくような不安の多い毎日にも、神さまは花を咲かせてくださっています。神さまの視線は花を見つめるわたしたちにこそ注がれています。日々の思い煩いはなかなか拭えませんが、それでも日々、欠けていた何かが補われていく喜びを感じています。 (斎藤成二)